心筋梗塞、病院とドクターによる権力の誤用はないのか
、私の言うことが聞けなければ あなたの病気に対しての責任は取れませんと言われました。

心筋梗塞、病院とドクターによる権力の誤用はないのか
、私の言うことが聞けなければ あなたの病気に対しての責任は取れませんと言われました。

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病院とドクターによる患者とのパワーバランス
心筋梗塞を起こした時点で、
私は大きく動揺していました。

まだ、人生の目標に対して道半ばだと思っていた、

心筋梗塞が起きたのはその矢先だったのです。

私の人生はここまでだ!

こんなことが私に起きるんて!

人生が終わってしまった!

そのような思いに駆られたのです。

私は自分の人生を、

喜びに満ちたものにしたいと言う、

望みを持っていました。


今回起きた心筋梗塞のリハビリに対しても、

自分なりに調査し

全力で取り組んでいたのです。


しかしそこで、

気がついたことがあるのです。

私にとっては心筋梗塞に成ったと言うのは、非常事態なのですが?病院やドクターにしてみれば、自分たちのいつものありきたりの、平凡な仕事の1コマなのです。


病院もドクターも、

自分のポジションにあぐらをかいていたのです。


このような状態では権力は自然と間違った方向に、

流れてしまう事があるのです。


例にもれず、

そのようなことが起きました。


ある時私が薬に対して、

自分の意見を言ったことがあるのです。

長年の菜食主義者だった私は、

薬をなるべく使わないで、

食事や運動などを併用しながら、

リハビリをしたいという、


しかし医者は、

私の言う意見に対して全く聞く耳を持たなかったのです。

いま思うと、医者は医者の立場や、

いままで自分が信じてやって来たことを、

否定された気がしたのでしょう。

そこまで、余裕を持てなかった私も、

自分のやりたいやり方に固執していたのかと思います。

そこで私は医者に尋ねました、

患者が治療に対しての正しい情報を受け取り、

自分が望む治療法を受けられる、

インフォームド・コンセントという権利について、

聞いてみました。

 インフォームド・コンセントと言う法律は、患者が望む治療を受けられると言う法律なんです。そういった法律があるのですが、


あなたはどのように思いますかと質問してみたのです。


するとドクターは、その法律は、

例え、

自分たちの手違いのミスがあった場合でも、

もし万が一のことが起こった場合、

われわれ医者と病院が患者の証人のもとで治療を行っていると言う、

病院と医者が苦境に立たされないように、

自分たちを守るための法律だと言って、

片付けてしまったのです。

全てを病院側の立場のみでしか考えられない、

本来は、患者側に寄り添った法律なのですが?

何と言う医者の身勝手な解釈なのでしょうか?

その時の、私はそう感じました。

本当に自分の立場にあぐらをかいてるとしか、

他に言いようがない答えを聞かされたのです。

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私は余りにもビックリしたので、

何度か聞き直したのですが?

ドクターから同じ答えが返ってきました。

私は何も言うことができませんでした。

このような人達には、

何言っても無駄だと言う気がしたのです。

全く持って患者サイドの立場に立って、患者の気持ちを汲み取ろうとしたり、配慮したりといった態度がないのです。話し合いの姿勢すら持っていなかったのです。

なんという傲慢さなのでしょう。

 


このことが起きたのは、

病院をいちど退院した後の毎月回行われる、

定期検診の時だったのですが!


またある時は、お願いをしたこともあります。

自分が食事と運動と薬の併用を考えているのです、

薬をこういう風に最低限飲みながらやっているのですが、

結果から見てもとてもいい感じなんです。


ドクターが言うことには、

私の言うことが聞けないのだったら、

私はもうあなたの病気に対しての責任は、

取れませんと言うのです。

まるで、自分の医者と言う立場に思い上がっているかのようで、

病院と患者の関係は、

過程の中でのの力関係に例えるならば、

親と子供の関係のようなものです。


何と言う幼稚な先生なんだろうと、

私は思いました。

どうしてかと言うな言うならば、

最初からドクターは、

私のことに対して責任がか取れるはずがないのです。

私のことに対して責任を取れるのは私しかいないのです。

もしかした、あなたの病気に対しての、

治療に対して精一杯の責任を取る覚悟があるのです。

と言った、ドクターの意気込みから出て来た言葉なのかも、

しれませんが?

自分が患者の責任をとっているのだと言う、このありえない傲慢さ。自分がしゃべってることの意味を、全くわかってないような感じでした。

まともに,自分の人生で起きてくる出来事に対して、

対処したことがないのでしょう。

すべて学校で学んだことだったり、

病院の方針によって調教されたかのような、

言葉そのものを使っているようでした。

このようなことでは、

きっと自分自身のことにたいしても、

責任は取れないのだろうと思いました。

最後までお読み頂き有り難うございます。

ここでの体験談は私個人の主観に寄って書かれたものである事を

お断りしておきます、

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